暗号資産の取引で大きな損失を出してしまった年、「この損は来年の利益と相殺できるのだろうか」と考えるのは自然なことです。株式投資の経験がある方なら、上場株式等の譲渡損失は3年間繰り越せるという制度をご存じかもしれません。
結論を先に書きます。個人が暗号資産の取引で出した損失は、記事執筆時点の日本の税制では翌年以降に繰り越すことができません。さらに、給与所得など他の所得と相殺すること(損益通算)もできません。株式やFXとは扱いがはっきり異なります。
この記事では、なぜ繰り越せないのかという根拠、その中でも認められている相殺の範囲、そして制度改正の動きまでを国税庁の資料をもとに整理します。個別の判断は所轄の税務署や税理士にご確認ください。

なぜ繰り越せないのか
雑所得という区分が理由
個人が暗号資産の取引で得た利益は、原則として雑所得に区分されます。そして所得税法では、繰越控除や損益通算の対象となる損失の範囲があらかじめ限定されています。
国税庁のFAQでは、他の所得と通算できる損失は不動産所得・事業所得・山林所得・譲渡所得の計算上生じた損失に限られると説明されています(所得税法69条)。雑所得はこの4つに含まれないため、雑所得の計算上生じた損失を給与所得などから差し引くことはできません。
繰越控除の制度にも当てはまらない
翌年以降への繰り越しについても同様です。純損失の繰越控除は、損益通算をしてもなお引ききれない損失について認められる制度であり、その入口である損益通算の対象にならない雑所得の損失は、繰り越しの対象にもなりません。
上場株式等の譲渡損失が3年間繰り越せるのは、申告分離課税という別の枠組みの中で個別に手当てされているためです。制度の作りそのものが違う、と理解しておくとすっきりします。
| 区分 | 課税方式 | 他の所得との通算 | 損失の繰越 |
|---|---|---|---|
| 暗号資産(個人・現行) | 総合課税(雑所得) | できない | できない |
| 上場株式等 | 申告分離課税 | 一定の範囲で可能 | 3年間 |
| FX(店頭・取引所) | 申告分離課税 | 先物取引等の中で可能 | 3年間 |
こうした所得区分や計算の考え方は、暗号資産の税金を扱った解説書で一度まとめて確認しておくと理解しやすくなります。
それでも認められている相殺の範囲
同じ雑所得の中では相殺できる
他の所得区分とは通算できませんが、同じ雑所得に区分される所得どうしであれば相殺が可能です。たとえば副業の原稿料や広告収入などが雑所得に該当する場合、暗号資産の損失と合算して計算します。
ただし、雑所得の中でも公的年金等に係る雑所得については別の計算区分になります。ご自身の所得の内訳がどうなっているかを整理したうえで判断してください。
同じ年の中の利益とは相殺できる
年の途中で利益と損失の両方が出ている場合、それらは合算して1年分の所得金額を計算します。上半期に利益、下半期に損失が出たなら、差し引きした金額が課税の対象です。当然のことのようですが、月ごとに納税するわけではないという点は押さえておきましょう。

年をまたぐ前に考えておきたいこと
含み損を年内に実現させるという選択
その年に利益が出ていて、一方で含み損を抱えた銘柄がある場合、年内にその含み損を実現させれば、同じ年の利益と相殺されます。これは制度の枠内で行える、ごく一般的な考え方です。
ただし注意点があります。売却した銘柄を買い直すと、取得価額がその時点の価格に置き換わるため、将来値上がりしたときの所得が大きくなる可能性があります。目先の税額だけを見て判断すると、翌年以降に負担が移るだけということもあり得ます。
相場は税金の都合に合わせて動いてくれません。税額を減らす目的で年末に売買を行った結果、その後の値動きで大きく損をしたという話もあります。税務上の効果と投資判断は、切り離して考えることをおすすめします。判断に迷う場合は税理士にご相談ください。
事業所得に区分される場合の扱い
暗号資産取引に係る収入金額が300万円を超え、かつ帳簿書類の保存がある場合、原則として事業所得に区分されると国税庁のFAQは示しています。事業所得であれば損益通算の対象になり、青色申告を行っている方であれば純損失の繰越控除も視野に入ります。
もっとも、これは自由に選べる区分ではありません。実態として事業といえるかどうかが問われますので、自己判断で区分を変えることは避けてください。該当しそうな場合は、事前に税理士や所轄の税務署に相談することをおすすめします。
制度改正で何が変わるのか
分離課税と3年間の繰越控除
暗号資産の税制は見直しが進んでいます。暗号資産を金融商品取引法上の枠組みに位置づける改正法が成立し、税制面でも、一定の要件を満たす暗号資産の譲渡等について申告分離課税とする内容が示されました。あわせて、その損失を翌年以降3年間繰り越す仕組みも手当てされています。
ただし開始時期は確定していない
ここが重要です。分離課税と繰越控除の適用が始まるのは2028年1月1日からの見込みとされています。ただし、その前提となる金融商品取引法の改正法の施行日は政令に委ねられており、記事執筆時点では確定した日付ではありません。いずれにせよ、制度が動き出す前の取引には現行のルール(総合課税・繰越不可)が適用されます。
言い換えると、いま出ている損失は新制度が始まっても、そのまま持ち越せるわけではないということです。「もうすぐ繰り越せるようになるから」と考えて年をまたぐ判断をするのは危険です。
対象となる範囲にも注意
新しい枠組みの対象は「特定暗号資産」といった形で限定される方向が示されており、どの銘柄・どの取引が含まれるかは今後の政省令などで具体化されます。現時点で示されているのは、国内の登録業者を通じた譲渡等が中心となり、海外取引所やDEXでの取引は対象外となる方向という点です。つまり「暗号資産の利益がすべて20.315%になる」わけではありません。確定した内容として語られている情報を見かけたら、国税庁の暗号資産に関する情報で原典を確認してください。

損失が出た年にやっておきたいこと
- 取引履歴を保存する:繰り越せなくても、取得価額の記録は将来の計算に必要です
- 他の雑所得を確認する:相殺できる所得がないか、年内に洗い出しておきます
- 取引所のサービス状況を確認する:終了した取引所からは履歴が取り出せなくなることがあります
- 損失の理由を振り返る:数字として残しておくと、翌年以降の判断材料になります
売買の理由や損益の振り返りは、専用の記録ノートに書き残しておく方法もあります。
損失が出た年でも、申告が不要とは限りません。他に雑所得がある場合や、医療費控除などで確定申告をする場合には、暗号資産の損益も含めて計算します。「損だから申告しない」と決めつけず、全体の所得構成を確認してください。
繰り越せないことが実際にどう効くのか
2年にまたがると負担が重くなる
数字で見るとわかりやすくなります。1年目に200万円の損失、2年目に200万円の利益が出たとします。2年間を通算すれば損益はゼロですが、暗号資産の場合、1年目の損失は繰り越せないため、2年目の200万円の利益に対して課税されます。
上場株式等であれば、1年目の損失を繰り越して2年目の利益と相殺できます。同じ値動きを経験しても、年をまたいだかどうかで税負担がまったく変わるのが現行制度の特徴です。
年末の資産状況を把握しておく意味
だからこそ、12月に入る前に、その年の実現損益がどうなっているかを確認しておく価値があります。利益が出ているのか損失なのか、含み損を抱えた銘柄があるのかを把握していれば、選択肢を検討する時間が生まれます。
年が明けてから「あのとき整理しておけば」と気づいても、その年の計算はもう動かせません。年に一度、集計の時間を取る習慣をつけておくと安心です。

海外取引所やDeFiで出た損失の扱い
日本の居住者であれば、国内の取引所を使っていても、海外の取引所や分散型のサービスを使っていても、所得の計算対象になります。損失についても同じで、海外だから繰り越せる、といった扱いはありません。
むしろ海外のサービスは、履歴の取得方法が分かりにくかったり、サービス自体が終了して記録が取り出せなくなったりするリスクがあります。損益の計算根拠を示せない状態は、申告のうえで不利に働きます。定期的に履歴を手元に保存しておいてください。
印刷した取引履歴や年間取引報告書は、ファイルボックスにまとめておくと必要なときに探しやすくなります。
なお、国内で取引する場合は、金融庁に登録された暗号資産交換業者を利用することが基本です。無登録の業者との取引には法的な保護が及びません(暗号資産交換業者登録一覧|金融庁)。

よくある質問(Q&A)
Q1. 損失だけの年でも確定申告はしたほうがよいですか?
繰り越せないため、申告することで直接の節税効果が生まれるわけではありません。ただし、他の雑所得と相殺する場合や、他の理由で確定申告を行う場合には、損益を正しく反映させる必要があります。
Q2. 給与所得と相殺して源泉徴収された税金は戻りますか?
雑所得の損失は給与所得と通算できないため、その理由で還付を受けることはできません。医療費控除やふるさと納税など、別の理由による還付とは分けて考えてください。
Q3. 他の暗号資産の利益とは相殺できますか?
できます。同じ年の暗号資産取引はすべて合算して所得金額を計算しますので、銘柄ごとに切り分ける必要はありません。
Q4. 詐欺やハッキングで暗号資産を失った場合は?
状況によって扱いが変わります。雑損控除の対象になるかどうかも含め、判断が難しい領域ですので、被害の記録を残したうえで所轄の税務署や税理士に相談してください。
Q5. 取引所が破綻して資産が戻らない場合は?
これも個別性が高い論点です。損失として認識できる時期や金額の考え方が問題になりますので、専門家に確認することをおすすめします。
Q6. 改正後は過去の損失も繰り越せますか?
記事執筆時点では、そのような取り扱いが確定しているという情報は確認できません。適用時期や対象範囲は今後明らかになる部分が残っていますので、確定した内容として受け取らないよう注意してください。
Q7. 法人の場合はどうなりますか?
法人税では、欠損金を一定期間繰り越す制度があります。個人と法人では制度そのものが異なりますので、比較する際は前提を揃えて検討してください。
まとめ
個人が暗号資産の取引で出した損失は、記事執筆時点の制度では翌年以降に繰り越せません。他の所得と通算することもできず、これは雑所得という区分に由来する取り扱いです。上場株式等やFXの3年繰越とは、制度の枠組みそのものが違います。
その中でも、同じ雑所得どうしの相殺や、同じ年の中での利益との相殺は可能です。年内に含み損を実現させるという選択肢もありますが、取得価額が置き換わる点や、相場が思惑どおりに動かない点は踏まえておく必要があります。
制度改正により分離課税(20.315%)と3年間の繰越控除が手当てされましたが、適用開始は2028年1月1日からの見込みで、施行日は政令次第のため確定した日付ではありません。対象も国内の登録業者を通じた取引が中心となる方向です。最新の情報は国税庁や金融庁の公式サイトで確認し、具体的な申告については税理士や所轄の税務署にご相談ください。暗号資産への投資は自己責任であり、余剰資金の範囲で行うことをおすすめします。


